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大津地方裁判所 昭和31年(ワ)13号 判決

原告

野田茂樹

被告

青木治郎

主文

被告は原告に対し金三万二千百五十円及びこれに対する昭和三十一年二月五日より完済に至るまで年五分の割合による金員を支払うべし。

原告のその余の請求はこれを棄却する。

訴訟費用中、金七百四十円(訴状貼用印紙額の一部)は原告の負担としその余は全部被告の負担とする。

事実

(省略)

理由

昭和三十年十月二十三日午前八時頃被告がスクーターに乗車して大津市松本町地先国道一号線を石山方面に向つて進行中、国鉄膳所駅裏附近において、その前方を同方向に向つて進行している原告乗用の自転車に追突したことは当事者間に争いがなく、右追突事故のため原告が自転車もろ共補装道路に転倒し、よつて右上眼瞼裂創、右下腿部擦過創、鼻梁部擦過創及び右大腿部打撲傷等の傷害を蒙つた外、乗用自転車にも損傷をうけたことは、成立に争いのない甲第一号証、原告本人尋問の結果及び証人浜口精一の証言によりその成立を是認すべき甲第二号証等によつてこれを認めるに十分である。

しかして、本件はすでに述べたように、原告乗用の自転車と被告乗用のスクーターとが前後して同一方向に進行中、後行車を操縦していた被告が原告の前行車へ右のスクーターを追突させた事故であるから、他に特別の事情なき限り追突者たる被告の過失によつて生じたものと認めるのが相当である。被告は、当時前方より浜大津行京阪大型観光バス二台が急速度で進行して来たため、これとの衝突を避けるため急拠自己のスクーターを左側に待避せしめた途端に原告の自転車に追突したものであるから、右は不可抗力であると主張するけれども、右の如き状況であつたとするならば、被告はよろしくその乗用スクーターをできるだけ道路の端の方へ寄せ、かつその速度を加減することにより、右すれ違いの観光バスとの接触を避けると共に原告の前行車とも相当の間隔を保つて安全に進行し得るよう注意すべきが当然であるのに、被告はすれ違い観光バスとの正面衝突の危険が迫るまで漫然と進行を続け、その危険が切迫してあわてて方向を転じたため原告の自転車に追突するに至つたというのであつて、このことは被告が右の注意を怠つたことを物語りこそすれ、これをもつて不可抗力となすを得ない。されば、他に被告の過失を否定すべき特別の事情を認むべき何等の主張立証なき本件においては、右の追突事故によつて原告の受けた損害は被告の不法行為に基くものとして、被告においてこれを賠償する責あること勿論だといわねばならない。

そこで進んで原告の受けた損害について審究するに、証人浜口精一の証言と右証言により真正に成立したものと認むべき甲第三号証とによれば、原告は本件事故によつて負傷をした十月二十三日から同年十一月十三日までの間前後十五回に亘つて京都市の外科医浜口医師の往診による治療をうけ、これが治療費往診料及び自動車代として別紙(省略)計算書記載のとおり一万三千六百円を支払つていることが認められ、また原告本人の供述によりその成立を是認すべき甲第四号証によれば、原告は自転車の破損修理費として千三百五十円を支出したことが認められる。ところで、被告の右負傷の程度は、被害当初は顔面がはれ上つて視界が十分でなく、大腿部の打撲傷による疼痛も加わつて外出歩行にさしつかえたため往診治療を必要としたが、漸次軽快に赴き終りの四回位いは一般的にいつて通院を相当とする状況であつたこと、及び京都市内においては相当の距離のある患家への往診には医者は自動車を用いるのが通例であること等証人浜口精一の証言によつて明かな事実からすれば、原告が上叙治療等に支払つた金員のうち四回分の往診料及びその自動車代計二千八百円は本件事故のために原告がその支出を余儀なくされたものとはいい難く、従つて浜口医師に支払つた金員のうちから右二千八百円を差引いた残りの一万八百円及び前記自転車修理代千三百五十円との合計一万二千百五十円が本件事故によつて原告の受けた財産上の損害額であると認めるのが相当である。

次に慰藉料の点であるが、前段認定のように原告は全く思いもかけず突然被告のため、追突されて負傷し、相当期間医師の治療をうけるに至つたのであるから、これによつて精神上の苦痛を蒙つたことは明かである。原告は眼瞼部の裂創は遂に完全に縫合せずその傷痕を残していると主張するが、原告本人尋問の際における当裁判所の観察によれば現在は殆んど傷痕を止めず、一見しただけではかかる負傷をうけたことを看取し難い状況にまで治療していることが認められるので、本件事故によつて原告の蒙つた精神上の損害は結局負傷当時と治療期間中の極く一時的苦痛にすぎないものと考えられる。もつとも原告の供述によれば、木件事故に対する被告側の処置には或程度原告の不満を買うに値するものがあつたことが推察されるけれども、上叙の如く被告の負傷が比較的軽徴のものであつて、何等後遺を残していない点を虚心に考察し、これに原被告各本人尋問の結果によつて認められる各自の地位職業資産状況等を考え合わせるときは、原告の蒙つた精神上の苦痛に対する慰藉料は金二万円をもつて相当とする。

かくして以上を総合すれば、原告は被告に対して本件事故による損害の賠償として、金三万二千百五十円の支払請求権を有することになるから、原告の本訴請求は右の金額とこれに対する訴状送達の翌日より完済まで年五分の遅延損害金の支払を求める限度において正当として認容し、その余は失当として棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十二条本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小石寿夫)

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